月は紅、空は紫
「はい、兄弟を伴って……かれこれ二百年ほどになりますか」

 二百年前といえば、室町幕府の頃である。
 戦国時代の始まりとなったとされる事件、『明応の政変』があったのが一四九三年であったというから、その少し後――戦国時代と俗に呼ばれる頃という事である。

「申し遅れました。私――鎌鼬の長兄でございます」

 またも……この訪問者は突飛なことをサラリと言ってのける。
 清空は、言葉どころか声さえも失い、イシヅキを指差しながら口をパクパクとさせるだけになってしまった。
 本来ならば、懐にしまってある小刀なりを持って警戒の構えを取って牽制でもしなければならないのだろうが――驚きのあまりにその行動さえ取れない。

 清空にとって幸運だったことは――イシヅキが最初から清空に敵意を抱いていなかった事だろうか。
 文字通り、泡を食って何も出来ない清空に向かって、一つ小さく頷くのみである。

「いや、しかし……その姿……?」

 ようやく声が出る程度には落ち着いた清空が、イシヅキに向かって素朴な疑問を口に出す。
 イシヅキは自分が『鎌鼬』だと言ったものの……清空の目の前で座るイシヅキの姿は紛れもない人間のそれである。
 それが清空を驚かせる一因なのだが、これについても、イシヅキはまたも事も無げに説明を加える。

「この姿はですね、我々は普段は人の姿をしております。人の世に紛れながら暮らすのも……これはこれで苦労の多いものでして――」

 そう言いながら、表情は僅かに照れて笑っているように変わっている。
 頬の、三日月を半分にしたようなアザの辺りを指先でポリポリと掻いてから、何が恥ずかしいことなのか清空には理解できないが、照れ隠しのように手を後頭部に回してさらにポリポリと頭を掻き毟っている。
< 164 / 190 >

この作品をシェア

pagetop