月は紅、空は紫
 人間の姿をした鎌鼬が、ひとしきり照れるような仕草を見せた後。
 イシヅキはピタリとその動きを止めて、どういう行動を取って良いのかが完全に分からなくなり固まってしまった清空に向き直る。

 清空は、落ち着いたように見えて、実はソワソワと動き回るイシヅキの動きに完全に困惑させられて自分の調子が出せなくなっていた。
 正面から見据えるイシヅキの鋭い眼を、何とか真正面で受け止めて、イシヅキが話を続けるのを待った――。

「本題に行かせていただきます――」

 話の腰を折ったのはイシヅキなのだが――余裕の無い清空に、そんな茶々を入れる事が出来るはずもなく、イシヅキは囲炉裏の炎に視線を遣って訥々と語りだした。

「私には――先ほども申しましたが……京に伴って参りました兄弟が居ります。一人は弟の……歳平様が桂川で一戦を交えられた『斬る』鎌鼬である『メジロ』でございます」

 ここまで話されて、清空にはようやく話の筋が見えてきたような気がした。
 桂川で鎌鼬と戦ったあの時――清空を転ばし、相対していた鎌鼬を転ばせたもう一匹の鎌鼬――それが、この目の前に座っているイシヅキなのだ、と。
 あの時に、清空を転ばせた鎌鼬は、逃げた鎌鼬に向かって『メジロ!』と叫んでいた。

 ここまで清空がイシヅキの話を聞きながら思い起こした後に――イシヅキは本題を切り出した。

「歳平様に……我が弟、メジロを……止めていただきたいのです」

 囲炉裏の炎が揺れて、再び薪がパチッという音を立てて爆ぜる。
 その炎の揺らぎの対応するように、部屋の隅の壁に映る清空とイシヅキの影がゆらりと妖しく歪んだ――。
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