月は紅、空は紫
「そんな半月ほど前の事です――事件が起こったのは。歳平様ならばご存知かもしれませんが、この京に出る紅い月……あれが出ると我々の心は妖しく揺さぶられます――」

 それは――清空も良く知っている事である。
 『紅い月』があるからこそ、清空の使命があるのだから。
 なぜ月が紅くなるのか、そして、何故月が紅いと妖たちの動きが活発になってしまうのか、それは清空の一族にさえ分からない。
 しかし、紅い月の夜には――何かが起こってしまうからこそ清空の一族は京の町を裏から守っているのだ。

 しかも、この『紅い月』は京の町にしか起こらないのである。
 清空は、この使命を継ぐ前には越後で暮らしていた。
 しかし、この役目を継ぐために幼き頃から『紅い月』の話を聞かされてはいたものの――実際に京に来て、それを目の当たりにするまで信じられぬものであった。

 知っているものにしか分からぬ程度にしか月は紅くないというのに、その夜が纏う空気というものは――実に禍々しい瘴気に満ちているのだ。
 その瘴気は、人間であってさえ心を妖しく揺さぶられる。
 何か……『簡単に悪事を犯せるような』気分に襲われるのだ。
 元々が『陰』の存在である妖であれば、その気持ちは人間のものと比較にならないであろう。

 イシヅキの話に、清空は小さく頷いた。
 それを見て、イシヅキは話を続ける――。
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