月は紅、空は紫
いかな寝坊とはいえど、いずれは起こされる時は来る。
この若者にしたところで、それは例外ではない。
夢の中では、心密かに想いを寄せている、『あばら長屋』から二十間(約四十メートル)ほど離れた場所に住んでいる、メシ屋のお民ちゃんを抱き締め、現実にはその代わりに掛け布団を強く抱き締めている。
お民に向かって、愛を語らい接吻を交わそうとして互いの唇が近付く――。
夢の中とはいえ、想いを寄せる人物との接吻である、それが夢と気が付いていない若者にとっては、天にも昇るほどに嬉しい夢である。
いざ、想いを遂げよう――残り一寸まで近付いた唇を、お民の薄い桃色に染まった唇に重ねようとした瞬間――。
『あばら長屋』の路地には、『タタタタタ……』という小気味の良い足音が響いていた。
その足音は軽快さを備えていて、規則正しいリズムは目的地への迷いが一切無いことを示している。
足音は『空診療所』の前でピタッと止まり、直後に『ガラッ!!』という玄関の引き戸を開く音が響き渡った。
若者の心地良い眠りは、桃源郷へと誘われるはずだったその夢は――ここで敢無く終わりを告げたのである。
この若者にしたところで、それは例外ではない。
夢の中では、心密かに想いを寄せている、『あばら長屋』から二十間(約四十メートル)ほど離れた場所に住んでいる、メシ屋のお民ちゃんを抱き締め、現実にはその代わりに掛け布団を強く抱き締めている。
お民に向かって、愛を語らい接吻を交わそうとして互いの唇が近付く――。
夢の中とはいえ、想いを寄せる人物との接吻である、それが夢と気が付いていない若者にとっては、天にも昇るほどに嬉しい夢である。
いざ、想いを遂げよう――残り一寸まで近付いた唇を、お民の薄い桃色に染まった唇に重ねようとした瞬間――。
『あばら長屋』の路地には、『タタタタタ……』という小気味の良い足音が響いていた。
その足音は軽快さを備えていて、規則正しいリズムは目的地への迷いが一切無いことを示している。
足音は『空診療所』の前でピタッと止まり、直後に『ガラッ!!』という玄関の引き戸を開く音が響き渡った。
若者の心地良い眠りは、桃源郷へと誘われるはずだったその夢は――ここで敢無く終わりを告げたのである。