月は紅、空は紫
 身体をいくら解してみようと試みても、筋肉痛に陥ってしまった身体はおいそれとは元通りになってくれる筈も無い。
 ひとっ風呂でも浴びることが出来れば、少しは身体も楽に出来るのであるが銭湯が開いている時間でも無い。

 この時代に風呂を自宅に持っているのは、武家の者だけである。
 それも、かなりの大きさを誇るような者しか自宅に風呂を構えてはいけなかったのである。
 理由としては、『火事を最も恐れた時代である』というのが一番分かり易いだろうか。
 一般の家庭の中に、竈以外の火の気を排除する為である。
 なので、かなりの金持ちであっても自宅に風呂は無く、銭湯を利用するのが常なのである。

 ちなみに、入浴の頻度というものは現代と比較してもさして変わらない。
 一日、もしくは二日に一度というのが普通である。
 もっとも、これは京における話で関東ローム層の影響によって、空気がかなり埃っぽかった江戸に於いては一日に一回の入浴は当たり前だったようである。

 価格は八文から三十文の間といったところで、現在の貨幣価値に換算すれば大体百五十円から五百円の間ぐらいだろうか。
 午前中から営業しているのが常なのだが、さすがに清空が苦しんでいる現在――朝六刻を回ったばかりの時間ではさすがに開店していないだろう。

 仕方なしに、清空は痛い身体を我慢しながら長屋の井戸で行水するだけで我慢をする事にしたのである。
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