月は紅、空は紫
「うう……痛てて」

 どれほどに痩せ我慢をしてみようと思ってみても、口からは自然と泣き言が零れてくるものである。
 行水の為に身体を動かす度に、背中や肩、腰に引き攣るような、中心部に鉛の芯でも埋め込まれて、それが棘を持って内側から突き刺さるような痛みを伝えてくるのである。

 幼き頃より剣術を学び、それなりに鍛えてあった身体ではあるが、稽古から離れて久しい身体は清空の思っている以上に鈍ってしまっているようであった。

 中村から頼まれている、仁科、古藤の両道場から情報を聞き出す、という仕事さえなければ、このままもう一度布団の中に潜り込んでしまい身体を休ませるという選択も出来るのだが、さすがに人から頼まれた上に、それを請け負ってしまったという事もある、あまり中村を待たせる訳にいかない。
 心の底から『今日は休んでしまいたい』と思ってはいるものの、そうはさせてもらえない事情が清空の身体を動かしていた。

 このまま行水を終えて、身支度を整えて今日は古藤道場に向かわなければならない。
 とりあえずは薬湯でも作り、それを飲んで身体の痛みを抑えようか――そう思いながら、はたと清空は思い出した。

(あ、そういえば道元先生から貰った薬があったな。こういった痛みに効くのかは分からないが、あれを使ってみるか)

 そう思い起こし、善は急げとばかりにいそいそと身体を拭いながら自宅へと戻った。
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