月は紅、空は紫
 道元より貰った薬の効果は覿面であった。
 嘘のように筋肉の軋みは消えて、下手をすれば通常よりも身体の調子が良いのではないかと思える程に間接も滑らかに動いている。
 道元に薬の材料が何であるか確認して来るのを忘れていたが、これ程に効き目の高い薬であるのならば次回の仕入れでこの薬を頼もうか、そう思える程に良い薬である。

(ああ、しかし――行きにくいな)

 薬の効き目に、道元に対して改めて尊敬の念を覚えるのではあるが、同時に道元の家庭の事情を思い出し、複雑な感情も同時に覚える。
 このままの予定で行けば、次に道元の店に訪れるのは半月後ではあるが――それまでに道元の家庭の事情というものが解決している見込みは極めて薄いだろう、清空にはそう思えた。

 加えて、現在の清空は道元の事を心配してる場合ではない。
 中村から頼まれている、仁科、古藤道場への探りに鎌鼬のイシヅキからの頼み事。問題が山積である。

 ともあれ、イシヅキの頼みは後回しにする事にしても、筋肉痛が消えてくれた事によって、今日の古藤道場への訪問は予定通りに実行できそうな事に少しだけ重い気分が緩和されていた。
 中村からの頼みを早急に終わらせる為に、という事もあるが道場に通い続ける日があまりに長く続けば、清空の本来の使命である『紅い月夜の見回り』にも支障をきたす恐れがある。
 特に――今は月が紅くなれば、鎌鼬のメジロが京の町で暴れてしまう恐れが高いのだ。
 出来る限り、中村からの頼み事を早く終わらせて、紅い月夜に備えておきたいものなのだ。

 そう考えながら、清空は朝から薬研を使用して薬を作る。
 昼までにはこの仕事を終わらせて、古藤道場へと向かわないとならない。
 全く以って、のんびりとした昼間を過ごしたい清空にとっては、ままならぬ日常が続きそうな、そんな厄介な星回りであった。
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