月は紅、空は紫
 薬研で薬を摺り終えたのは巳の三つ刻、日も既に空高く昇り出した頃である。
 一仕事を終えたら少し休もう、清空はそう思っていたのだが、思いのほか時間が掛かってしまっており、もう古藤道場へと出向かねばならぬ時間となってしまっていた。

 朝から節々の痛みに悩まされた所為で朝飯もまともに食ってはおらず、昼も近付いていて腹が減っている。
 今から飯の仕度をしていては古藤道場へと出向く事もままならないし、かといって飯を食わずに出掛けたとしても古藤道場での稽古に参加して、まともに動けるとも思えない。

 何せ、『ただの町医者である歳平清空』として道場を訪問するわけではない。
 『中条流の免許皆伝である剣士、平野清山』として道場に赴くのだ、身体が動かないなどとは口が裂けても言えない。

 結局、清空は外の屋台で何か軽くつまんでから古藤道場へ向かおうと決めた。
 時刻が昼近くにもなれば、路上に何か食べ物屋の屋台は出ているだろう、そう考えたのである。

 江戸時代、庶民の食生活はと言えば、一日二食が基本であった。
 現在の一日三食の形式が完成されるのもこの時代ではあるが、それはもう少し後の時代となる。
 この時代に一日三食を実行出来ていたのは、将軍家や大名、それに豪商などの身分が高いか大金持ちの者ぐらいである。

 庶民は朝飯を食べて、昼間は仕事をして夕食を食べる。
 昼飯を食べるのは、家で内職をしている御内儀さんが朝の残り物を食べるか、外で肉体労働をしている者が握り飯や屋台の蕎麦を軽く流し込むか、その程度であった。

 外で昼飯を食べるとなれば、予定よりは早く出発しなければならない。
 早々に準備を整え、昨日と同じく浪人風の変装をして、清空は長屋を出発したのである。
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