月は紅、空は紫
　どのような手段を用いても、決して目を覚まそうとしない若者に対して。
　少女は最終手段に打って出ることに決めた――。

　眠っている傍らにしゃがみ込んでいたのだが、おもむろに立ち上がる。
　自分の着物の裾を持ち上げ、一つ小さく深呼吸をしてから――飛び上がった！

「――ぐえっ！！」

　『ドスンッ！』という鈍い音が室内に響き渡り、少女は若者の腹の上に華麗に着地を果たす。
　少女の着地と同時に、布団から舞い上がる大量の埃。
　その埃が、日差しから漏れ入る太陽の光に照らされ、その中に浮かぶ少女の顔がまるで天使のように映る。

　天使のように神々しい様を見せた少女は――満面の勝利の笑みを称えて若者の身体の上からその顔を見下ろしていた。
　一瞬の激しい腹痛によって目覚め、何が起こったのか理解不能に陥りかけた若者は、自分の上で仁王立ちをしている少女の顔を確認して、ようやく自分の身に何が起こったのかを理解した――。

「おはよう、清さん」

　子猫のように大きな瞳を弓月のような形に変えて少女が微笑みながら遅い朝の挨拶を交わしてくる。
　自分の腹に残る痛みと比べ、滑稽な程に爽やかな少女の様子に苦笑いを浮かべながらも、若者は少女に向かって短く「おはよう」とだけ返す。

　歳平 清空（としひら　せいくう）のようやくの目覚めは――朝陽のように爽やかに、という具合にはいかなかった。
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表紙・目次

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