月は紅、空は紫
 中村に問われて、小森はようやく店の中で座る中村の姿を認めた。
 いくばくかの間、京の町中を走り続けた小森の息は未だに整わない。
 だが、それを意に介する暇は無く、小森は自分の上司である中村に乱れた呼吸のまま用件を伝える。

「だ、ダンナ! 死体が、桂川に死体が上がりました!!」

 この時代、警察のような業務を行っていたのが奉行所である。
 強盗や盗人が発生すれば、同心が与力に命令して捜査をしていたし、殺人事件が発生すれば同心が直々に死体を改める。

 江戸時代といえば、武士が農民や町人を斬り捨ててしまう、いわゆる『斬り捨て御免』のようなイメージを持たれているが、それは違う。
 いかに武士といえども、理由もなく下位の者を斬れば問題となっていたし、斬った理由がそれに値しないものであると判断されればいかに武士とはいえども罪に問われることもあったのだ。

「どういう事だ? 説明しろ」

 落ち着いた風を崩さずに、中村は小森に再び問いただす。
 冷静沈着を旨としている男であり、決して感情を表に出すことは無い。
 小森は、自分が見聞きしてきた事を、冷静なる上司に報告し始めた。
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