月は紅、空は紫
 小森は、御役所にて書類仕事に追われていた。
 何せ一ヶ月交代で西御役所に仕事を引き継がねばならない。

 それでも毎日何かしらの事件は起こる。
 やれ四条の通りで喧嘩が起こっただの、やれ六角通りでスリが起こっただの。どんな瑣末な事でも御役所として受理してしまった仕事は記録に残しておかなければ東御役所から西御役所へとスムーズに引き継ぐことが出来なくなる。
 後で慌てることにならぬように、こうして細かな時間を見つけては書類を作成しておくのが小森の仕事の常であった。

 役所には朝四つ刻(十時)に登所し、事件の知らせがあるまではこうして書類を書いている。
 だが、ひとたび騒ぎが起これば――同心である中村に知らせる前に、事件の概要を調べて報告するのも小森の仕事である。

「やれやれ……」

 昨日の報告書をあらかた書き終えて、今日の分の報告書を先に一部でも書いておこうか、と小森が顔を上げた。
 窓から漏れ入ってくる光の加減と、自分の腹具合から察するに九つ刻頃だろうかと思われる。

 昼飯にでもするか、そう思い、小森が書類を書く手を止めて、筆を机の上に置いた時――御役所の門に駆け込んで来る者があった。
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