月は紅、空は紫
 少しだけ近付いて覗いた物体は、黒い色で水面の下でユラユラと揺れているように見えた。
 その様子を見て、権蔵の気持ちは俄かに湧き立った。

(あれは……ひょっとしてウナギか?)

 売上が芳しくない日である。水面下に見えている物体がウナギならば、この何とも今ひとつな売上を挽回できるかもしれない。
 ウナギならば、流しで買って行く客ではなくウナギ屋が買い取ってくれる。
 それも、鯵や太刀魚といった普通の魚の数倍の価格である。
 もしも、権蔵の勘が正しければ――今日の商売は上手く行ったも同然となるのだ。

(そうと決まれば……!)

 権蔵は水面に漂う物体に気取られぬように、ゆっくりゆっくりと音を立てぬように近付いて行く。
 息を殺し、慎重に、それでも頭の中では今日の仕事終わりに一杯やる時の肴を何にしようか、などと考えていた。

 しかし、物体をその手に捕らえた瞬間――権蔵は心臓が止まるかと思う程の衝撃を受けた。
 顔面は権蔵自身が分かるほど蒼白となり、物体を握った手は早く離してしまいたいのだが驚きのあまりに動いてくれない。
 悲鳴を上げることさえ敵わずに、権蔵はそのまま川の浅瀬にへたり込んだ――。

 権蔵が手にしたものは――片足を無くした死体が身に付けていた刀の鞘であった――。
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