月は紅、空は紫
 慌てて小夏を見ると――小夏の手から芋が地面に落ちてしまっていた。
 そして、その芋が落ちたと思われる理由は――人とぶつかってしまったようである。
 相手は五尺八寸ほどの身の丈、虚勢を張ったような着物に、お飾りのような髷をチョコンと結って乗せている。
 仕官の口を見つけるために、田舎から出てきた浪人、といった風情だ。

 京に限らず、都会には仕官の口を求めて浪人者が集まる。
 何がしかのトラブルによって、勤めていたお家が取り潰しになり食い扶持にあぶれた者。
 武家の生まれではあるが、家督を継げる立場では無く、出世の蔓を求めて人の集う場所に出て来た者。
 様々な者が、立身出世を目指し、浪人者となって巷では『武士である』と名乗るわけである。

 小夏とぶつかってしまったのも、そのような輩であるようだった。
 子供である小夏に対して、睨み付けて凄みを効かそうとしている。
 小夏はといえば、睨まれている事に対してではなく、芋を落としてしまったことに半ベソをかきそうになっている。

 浪人者の着物を見るに、汚れは無い。
 恐らく、互いの袖が触れ合い、小夏の手からは芋がこぼれた――というところではないかと清空は推察した。
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