月は紅、空は紫
「わっぱ!! 町人風情が武士にぶつかるとは何事だ!!」

 まるで、虚勢が服を着たような調子で、浪人が小夏に向かって啖呵を切った。
 事実だけを見るならば、この小夏とぶつかった浪人――小岩十合は越後の農民の倅である。
 口減らしのために田舎から江戸に奉公に出され、その奉公先の仕事がつらく夜逃げをして、京まで出て来て武士の真似事をしている――いわゆる『なんちゃって武士』なのだ。

 しかし、小岩の実情を知らぬ者から見れば、浪人とはいえど小岩は武士に見える。清空は(――厄介なことになりそうだ)と思いながら、事の成り行きを見守る。

「申し訳ありません、お侍さま――」

 芋に気を取られ、小岩のことなどまるで意に介さない小夏に代わって清空が謝る。
 本当に小夏に非があるのならば、相手は仮にも武士である、平身低頭で謝らねばならなかったであろう。
 しかし、小岩の隣には似たような風体の浪人が立っており、恐らくはあちらも余所見をしながら歩いていたということは容易に想像が付く。

 この場は、清空が小夏の代わりに謝ってしまえば、小岩の面体も保たれて丸く収まるであろう――と思ったのだが、小岩は清空が想像していたよりも遥かに――小物であった。
< 58 / 190 >

この作品をシェア

pagetop