月は紅、空は紫
「何を言うか、武士が公衆の面前で風体を汚されたのだ! 医者風情は引っ込んでおれ!!」

 浪人は、いきり立つ自分に酔っているようだった。
 武士を演じる自分が、町人である小夏を懲らしめる。
 小岩の中にはそんな筋書きが出来上がっており、清空が何を言おうとも受け入れるような心積もりは一切ない。
 加えて言うのならば、この時代の医者というものは庶民以上で武士未満の存在である。
 医者の格好をしている清空を自分に傅かせることで、自分が武士であるという感覚を得られる、というセコい計算もあった。

(本当に……まいったな)

 小岩の、魂胆が見え見えの対応に、清空は若干悩んだ。
 当時、医師には帯刀が認められてはいたのだが、清空は市中を歩く際に好んで帯刀しない癖があった。
 中村などは、清空のそんな態度が気に入らないのだが、それでも清空は刀を差して歩くという行為が『なんだか偉そう』に感じて、帯刀せずに歩くのが常であった。

 対する小岩は、浪人とはいえ腰に大刀がぶらさがっている。
 ヘタに喧嘩ともなれば、どちらかが怪我をせずには済まないだろう。
 そして、それ以上に――小夏に危害が及ばないようにせねば。
 清空はそういう風に考えていた。
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