月は紅、空は紫
(やれやれ――)

 清空は、医師ではあるが幼き頃より受けた剣術の嗜みがあった。
 それが思わぬ形で生きた結果である。

「う……な!?」

 清空に何をされたかも分かっていない小岩は、肩を扇子に突かれた格好のままで短い唸り声を上げた。
 そして、何をされたか理解していないからこそ――もう一度身をよじり、再び、今度は目の前にいきなり現れた清空に斬りかかろうとする。

 しかし――その動きは、小岩が初動を起こす前に清空によって完全に封じられることになった。
 目にも止まらぬような速さで、肩に突きつけられていた扇子は、小岩の手首、脇腹、鳩尾、首を恐ろしい程の正確さと強さで叩いて回ったのである。

 周囲に居る野次馬も、間近で見ていた小夏でさえも何が起こっているのか理解できていない。
 目に映っている光景は、医者の格好をした若者が刀を振り上げた者に斬られそうになっているもの――のはずなのに、先程から刀を振り上げた者の動きは止まってしまっているのだ。

 固唾を呑んで見守る群衆の中で、小岩だけが理解していた。
 自分の身体に残る、各所の痛みから――目の前に居る医者が自分に何をしたのかを。
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