月は紅、空は紫
御役所から空診療所に使いがやって来て、清空に『下手人は捕まったので検分書は急ぐ必要は無い』と伝えたのだ。
下手人が捕まったのなら――と思いながらも、清空は違和感を拭えなかった。
下手人として、仁科道場の面々によって仇討ちされたとされる古藤道場の不動源之助……清空はまるで聞いたことの無い人物である。
清空が遺体に残った傷を見る限り――あれをやった犯人はかなりの達人。
名も知れぬ一介の武士が出来るとは……いや、あれほどの太刀筋を見せれるような人間であるのならば、こんな泰平の世であっても有名な剣士となっているのではないか、少なくとも清空の耳にも名前ぐらいは聞こえるのではないか、と。
だが、情報伝達の手法がさして発達していない時代である。
京にも無数の道場が存在しているし、その中には名も知られていない達人もあることだろう。
不動源之助も、そういった名の知れ渡ることのない達人だったのかもしれない。
清空は、頭の中で強引にそう結論付けようとするのだが――それでも頭の隅にある違和感は消えてはくれなかった。
なぜならば、清空には……不動なる者が下手人であるとは思えていなかった。
現場では中村に『剣の達人』という犯人像を伝えはしたのだが、清空には別の、『もう一つの犯人像』を持っていたのである。
下手人が捕まったのなら――と思いながらも、清空は違和感を拭えなかった。
下手人として、仁科道場の面々によって仇討ちされたとされる古藤道場の不動源之助……清空はまるで聞いたことの無い人物である。
清空が遺体に残った傷を見る限り――あれをやった犯人はかなりの達人。
名も知れぬ一介の武士が出来るとは……いや、あれほどの太刀筋を見せれるような人間であるのならば、こんな泰平の世であっても有名な剣士となっているのではないか、少なくとも清空の耳にも名前ぐらいは聞こえるのではないか、と。
だが、情報伝達の手法がさして発達していない時代である。
京にも無数の道場が存在しているし、その中には名も知られていない達人もあることだろう。
不動源之助も、そういった名の知れ渡ることのない達人だったのかもしれない。
清空は、頭の中で強引にそう結論付けようとするのだが――それでも頭の隅にある違和感は消えてはくれなかった。
なぜならば、清空には……不動なる者が下手人であるとは思えていなかった。
現場では中村に『剣の達人』という犯人像を伝えはしたのだが、清空には別の、『もう一つの犯人像』を持っていたのである。