月は紅、空は紫
 もしも、『仁左衛門殺し』の下手人が、清空が考える『もう一つの犯人像』であるとするならば、その下手人を挙げるのは中村の仕事では無くなる。
 そう思い、現場で清空は中村にその可能性を伝えることは無かった。

(人間どうしで解決したのなら――それに越したことは無い)

 仁左衛門を殺したのが不動で、その不動を仁科道場の者が仇を討ったというのならば、清空にはそれ以上は関係の無い話である。
 仇討ちの是非や、なぜ仁左衛門が殺されたのかという理由を探るのは中村の、御役所の仕事である。

 清空に関わりがあるとすれば、殺された仁左衛門を調べた検分書を御役所に提出することぐらいなもので、その検分書も『急がなくて良い』という報せも貰った。
 ならば、清空としてはいつも通りの生活に戻れば終わる話である。

 一応は事件に関わった身として、御役所を訪ねた際に中村から何がしかの詳細を語られることもあるやもしれないが、それにしたところで清空には大して興味の湧かない事案であった。

「さて……もう一眠りとする……か」

 昼間に訪ねて来た御役所の使いに起こされていた清空は、『いつも通りの生活』に戻るために二度寝をする事に決め込んだのだった――。
< 66 / 190 >

この作品をシェア

pagetop