月は紅、空は紫
 清空が新たなもぐさを経絡に据えようとして、佐太郎がまだ腕をさすり痛そうにしているのに気が付いた。

「まだ痛みますか?――」

 清空の質問に、佐太郎はしかめるような笑顔を見せながら答える。

「そりゃね、多分こりゃあ火傷ですわ」

 医者が尋ねて、患者が怪我の症状を答えるのも妙な話ではあるが――佐太郎は直感的に感じた痛みの程度を清空に伝えた。
 佐太郎の言った通り、さすられている手の下の皮膚は赤いポツポツとなって、火傷の前兆を示していた。

「どれどれ……」

 もぐさを据える前に、清空は患部を確かめるように皮膚の辺りを、自分の掌でそっと撫でた。
 清空のその様子を、佐太郎が心配げな顔で見つめる――。

「あ、痛っ!」

 清空に触れられた火傷の痕が、ピリッとした、小さな針を刺したような痛みに晒された。
 佐太郎の小さな呻き声に、清空が慌てて触れていた手を離す。

「まだ、痛みますか?」

 先ほどの刺すような痛みに、思わず患部を手で押さえた佐太郎に清空が尋ねてきた。
 不思議と――佐太郎の腕から痛みが消えてしまっている。

「ん? え? あれえ?」

 痛みが在った部分を探してみようとするが、先ほどまで在ったはずの火傷の痕さえ見付からず、痛みもまるで狐に化かされたかのように消えてしまっている。

「ああ、痛く……ないね? あれ?」

 痛みが消えて、不思議がっている佐太郎に穏やかな笑顔を見せながら、清空は腕の経絡に据えるもぐさを載せた。
 今度は失敗しないように、慎重に。

 しかし、佐太郎にもぐさを載せた途端に――清空の心は元の通りに『仁左衛門殺し』に捕らわれてしまった。
 頭の片隅で『これではいけない――』そう思い、清空は考えた。

(明日、御役所で事件のあらましを細かく聞いてみよう――)
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