月は紅、空は紫
「どう考えてもおかしい……が、ここからは御役所にはどうにも出来ぬ」

 中村は苦虫を噛み潰すような表情でそう語った。
 残された証拠に、いかに矛盾する点があるとはいえ、下手人は捕まり事件は一応の解決を見せてしまっている。
 御役所としては、それ以上の追求は不可能なのだ。

 おかしな点はそれだけでは無い。
 仁左衛門の死体に関する扱いである。

 仁左衛門が仁科道場の身内であるということが判明し、遺体は仁科道場で引き取られるものだと誰しもが思った。仁科道場にて荼毘に付され、骨なりを故郷に返されるものだ――と。
 しかし、仁科道場は遺体の引き受けを拒否したのである。
 御役所にて荼毘に付し、その骨も無縁仏として埋葬を願う、と仁科道場当主の仁科菊之條は言い放った。

 『当道場の恥として、仇討ちは行ったが、無様な姿を晒せし者は当道場とは無関係である。仁左衛門は殺された時点で当道場を破門となっており、その遺体を荼毘に付する責任も無い』

 哀れ、仁左衛門は無縁仏として朽ち果てた卒塔婆の下に眠ることになったわけである。
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