月は紅、空は紫
 下手人が不動源之助ではないであろうことは、御役所からの使いに聞いた時か
ら分かっていた。
 不動源之助は、仁科道場の『とりあえずの体面』を保つたもだけの為に殺されたのだ、それは疑いようも無いことだった。

 何故、不動源之助が『仁左衛門殺し』の犯人に仕立て上げられたのか、それは清空には分からない。
 しかし、不動源之助が『仁左衛門殺し』の下手人ではない、という事だけは清空の中では動かしがたい事実であった。

 仁左衛門が殺されたのがこの場所で、斬られた脚から薙がれた雑草までの距離から見て――押収された刀では長さが足りない。
 そして、御役所で見た刀は手入れも行き届いているものとは言い難いものであった。
 草を薙ぐほどにやたらに振り回し、かつ仁左衛門の身体を何度も鋭い斬り口で斬り付けることは、不動源之助の持っていた刀では不可能なことである。

 清空の心の内に、不動源之助が犯人ではなく、別に本当の犯人がいるという事実が積み重ねられて行く。
 同時に、それは清空が隠している『もう一つの可能性』がこの事件の真相である、ということを裏付けしていくものだった。
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