月は紅、空は紫
――『清空という先生は、昼間は常に寝ている』

 それが空診療所にやって来る患者の中における定説である。
 しかし、客観的かつ公平に判断するのであればそれは言い過ぎであろうか。

 確かに清空が昼間に眠っていることは多い。
 だが、それは飽くまでも『普通の人間と比べて』という度合いである。
 四回昼間に寝ているとすれば、三回は昼間に起きているのだ。

 それは、小夏によって起こされることもあるし、御役所の人間に仕事を頼まれて起きざるを得ないこともある。
 加えて、長屋の住人でさえも信用しないのだが――清空の意思によって自主的に起きていることだって在るのである。

 夜には人には話せぬ使命を背負っているとはいえ、清空とて表の職を持つ人間である。
 その職が医師であるということは、患者に処方するための薬を用いなければならず、その薬を仕入れるためには――昼間に薬問屋に行かなければならないのだ。

 そんな事情がある日には、清空も自分で意思によって昼間に起きている必要があり、そんな清空を見かけた住人は「おや珍しい、今日は雨でも降るんじゃないか?」と口にするのが常の光景であった。
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