月は紅、空は紫
 老夫婦しか居ないはずの薬問屋にいきなり現れた美女に、清空の動きは完全に固まる。
 店に入って来た時には、眠気でボーっとしていたのだが、今はいきなりの美女との遭遇に頭が真っ白になりかけている。

身の丈は五尺ほど、着物の裾から出ている細くたおやかな手足、どんな白粉を塗ってもこれほどは白くならないのではないかというほど輝くような白い肌。
 スゥッと切れるような目の形に黒目が大きい瞳。

 そして、これが一番印象的なのだが……艶やかな、それでいて淡い栗色の髪。
 時代の流行として、『緑成す黒髪』という言葉があるくらいに、この時代の流行というものは『黒髪が美女の基準』というものがあった。
 だが、この美女はそんな事を差し引くまでもなく――文句の付けようのない程に美しい。

 まるで、お伽噺に出て来る天女を現実に連れて来ればこんな姿形となるのではないか。
 清空は、言葉を失うと同時に、自分が入る店を間違ってしまったのではないか、と疑った。
 身体が半分だけ店の中に入った状態から、頭だけ店の外に出して玄関の脇に掛けられた小さな看板を確認する。

 小さな板で作られた看板には『だるま薬店』と書かれており、清空が入った店を間違えた、という訳では無いようだった。
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