月は紅、空は紫
「どうか……されましたか?」

 入口で立ち止まってしまっている清空を見て、訝しげに美女が問いかけてきた。
 まだ少しの混乱はあるのだが、この店は清空が通い慣れた店であることは間違いないようである。
 気を取り直して、清空は落ち着いたように体面を取り直した。

「ああ、すいません。いつものように薬を頂きに参ったのですが」

 清空がそう告げると、美女は清空に名前を問うてきた。
 「歳平です」と清空が自分の名を美女に教えると、美女は台の上に置いてあった帳面をパラパラと捲り、ある部分で指をピタッと止めると顔を上げて、

「ああ、ありました。空診療所の先生ですね」

 と、清空に確認してくる。
 清空はコクリと頷きながら(老夫婦の娘か孫だろうか?)というような事に思い至った。
 ついぞ、そのような話は聞いたことはないが、別に娘や孫が居たところで何ら不思議なことでもない。

 美女が清空が所望する薬を準備しようとしていると、店の裏手よりこの店の主人である老人が姿を現した。
 老人はすぐに清空の姿に気が付き、親しげに声を掛けてきた。
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