月は紅、空は紫
 老人も嘗ては医師だったこともあり、大平道元と名字と共に帯刀もしていたのだが、医者を廃業するということは名字帯刀の権利を捨てるということと同義である。
 普通に稼ぎのある医師の場合、息子や娘なりに医者としての立場を継がせて自身の名字帯刀の権利を守る。
 道元はそれをあっさりと捨て去り、現在はただの薬問屋の主人という立場を良しとしている、そこも清空が尊敬している部分でもあった。

 いつもならば世間話をして、それから薬を貰って帰るのだが――清空は道元に店番をしている美女のことを聞かずにはいられない。
 詮索は無用のことなのかもしれないという心配はあったものの、思い切って清空は道元に美女のことを尋ねる。

「ところで……あの方は? 娘さんですか?」

 道元は美女の方に一度視線を寄せて、それから少し『どうしたものか』という複雑な表情を見せた――清空は道元のその様子に、やはり聞くべきではなかったかと思ったのだが――道元は一拍の間を空けてから清空に美女のことを紹介した。
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