月は紅、空は紫
「うん、歳平さん。できれば他言無用で願いたいんだけど――」

 道元は、そう前置きをした。
 清空がその言葉に「はい」と短く頷くと、道元はなお躊躇いながらも清空に美女のことを紹介し始めた。

「あの娘はね、『やこ』というんだけどね……」

 そう言うと、道元はやこの方に視線を一度チラリと向けた。
 やこと紹介された美女は、道元に視線には気付くことなく、清空に渡す薬の準備を整えている。
 清空は、なぜ道元がこれほどまでにやこのことを語るのに躊躇しているのか、と少し不思議に思った。

――何か後ろ暗いところがあるのではないか、と。

 清空は、道元のことを尊敬している。
 故に、道元が何か後ろ暗いことをするとは到底考えられないのだが……道元の態度から、何やら不自然なものを感じていた。

 道元は道元で、清空のそのような様子を感じ取ったのであろう。
 話し難いことではあるが、道元は清空の人となりを信用している。
 その清空に無用の心配をかける心苦しさというものも手伝ってか、道元は再び清空にやこのことを話し出した――。
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