月は紅、空は紫
 女が両手が抱えている壷は、素焼きの壷のように見えるのだが、それにしてはヘンに艶かしい白い色をしている。
 それを、記憶を無くしている女が――命よりも大事といわんばかりにずっと両腕でしっかりと抱き締めているのだ。

「お嬢さん、その壷は何かね?」

 金造が尋ねてみたのだが、女にもこの壷が何であるかはまるで分からないのだという。
 河原で気が付いた時には、既にこの壷を両腕に抱えていたのだという。
 しかし、何か強烈に『大事なものである』という思いが頭から離れず、こうやって抱きかかえて移動をしていたのだ、と。

 金造は、女に断りを入れて壷の中を覗いてみた。
 壷の中に入っているものによっては、この女の素性も少しは明らかになるかもしれない、そう思ったのだ。

 中に入っているものが、梅干しならば漬物屋にでも聞いてみれば良いだろうし、もし魚でも入っているならば知り合いの漁師に聞いてみてもいい。
 中身が空っぽでもない限りは、きっと何らかの手掛かりは掴めるだろうと思いながら覗き込んでみた――。

 壷の中身は、空っぽでは無かったのだが……それは金造が見たことも無いような代物だった。
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