水月夜
今、なんて言ったんだろう。


まぁいいか。


「あっ、教室に忘れものを取りにいくんだよね? 私ついてくよ。どうせ一緒に帰る人いないし」


少しだけ赤くなった雨宮くんの顔を見なかったことにして、明るく声をあげる。


私が自分の表情に気づいてないと思ってるのか、雨宮くんが安心した顔をこちらに向けた。


「あぁ。サンキュー、柏木」


悲しそうな表情とはまったく違う笑顔に、心臓が跳ねあがる感覚に襲われる。


雨宮くん、思わせぶりだよ、その表情。


恋愛経験がないってわかってて笑顔を向けたり体を近づけたのなら、本当ズルいよ。


でも、思っていることは言葉にしないほうがいいと思う。


心のつぶやきを胸の奥にしまい、雨宮くんと一緒に教室まで向かう。


教室に着いて、雨宮くんの忘れものを全力で探す。


全力で探したおかげか、教室に着いてからわずか数分で見つかった。


見つけたものを手に取ると、まったく針が動かない古びた腕時計だった。


これが忘れもの?
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