水月夜
逃げるように去っていく先輩のうしろ姿が見えなくなったあと、雨宮くんがため息をつきながらめんどくさそうに頭をかきはじめた。


「はぁ……なんで先輩は大坪に直接自分の気持ちを言おうとしないんだろうな。俺だったら本当の気持ちをぶつけたいって思うけどな」


自分の質問に答えてくれなかったことが不満だったようで、眉間にシワを寄せている。


雨宮くんが不満に思うのは当然だ。


心の底から思っていた疑問を言っても答えてもらえなかったら、いつまでも疑問が残る。


心の中で雨宮くんをなぐさめつつ、慌てて笑顔を作って言葉をぶつけた。


「でも、緒方先輩の言うことにはちゃんと従ったほうがいいよ。先輩がわざわざ私たちに話しにきてくれたんだから」


今の言葉はもちろん本音ではない。


でも、今は従ったほうがいいと言うしかない。


しばらくギュッと口をつぐんでいた雨宮くんだったが、ゆっくりうなずいた。


「……わかった。先輩が言ったことは俺が大坪に言っておく」


私と目を合わせようとしない雨宮くんの表情がなぜかさみしさを感じさせるものだった。


でも、私はそれに気づかないフリをした……。
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