水月夜
「落ち着いて、ふたりとも。ここで怒鳴ったら直美にバレるよ。直美が家庭科室前の廊下で私たちの話を聞いてるかもしれないし」


直美が話を聞いているという確信はない。


でも、ふたりの怒りをしずめるには『直美が近くにいる』と言うしかないのだ。


両手を顔の前に出して焦りを見せる私に、ヒロエが我に返った。


「あ、たしかに。直美ってわがままなくせにけっこうズルいことするから、立ち聞きしてる可能性はあるね」


「そうね。直美は鈍足でバカだけど、自分の悪口を言われてるときは敏感になるよね」


ヒロエに合わせて紀子も落ち着きを取り戻した。


その直後、紀子が突然私の目の前にやってきて、ペコッと頭をさげた。


「えっ、なに? 紀子、どうしたの?」


「ごめん、梨沙。私たち、直美に弱み握られてた。タバコ吸ってたのを見られて。本当は梨沙の思うことが正しいってわかってたのに、直美に反発するのが怖かったから……」


視線は床に向いているけど、言葉は私に向いている。


紀子の言葉が私の心をおだやかにさせる。
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