水月夜
と、そのとき。


うしろから誰かの呼ぶ声が聞こえた気がして、くるっと声のしたほうに顔を向けた。


そこには息を荒くさせながらも、私に追いつこうとする緒方先輩の姿があった。


だが、私が振り返ったと同時に足を止めたことで、ほんの数秒で緒方先輩が私に追いついた。


「おはよう、柏木ちゃん。やっぱり柏木ちゃんは足速いね」


挨拶して早々に足が速いとつぶやく先輩。


そういえば、直美にも言われたな。


『足速すぎだよ』って。


鈍足な直美が私のスピードに追いつけないのはわかるけど、スポーツ万能なはずの緒方先輩でさえ速いと思わせたということは、私のスピードは自分が思っている以上に速いということかな。


「おはようございます、緒方先輩。登校途中で先輩と会うのは奇遇ですね」


思っていることはあえて口には出さず、ニコッと微笑んで言葉を返す。


すると、言葉を口にするのもつらそうだった先輩の顔が花の咲いたような笑顔になった。


「あぁ、登校途中で柏木ちゃんに会えたのは奇跡だ……」
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