ニセモノ夫婦~契約結婚ですが旦那様から甘く求められています~
 濡れた頬を拭いたくて顔を上げた私は、数メートル先であたふたしている父の姿を認めて飛び上がる。慌てて颯馬さんから離れると、気まずそうに眉を八の字にした父が、

「の、覗いていたわけじゃないんだが、気になって来てみたら……」

 と後頭部を搔いた。

「すみません。往来で」

 振り返った颯馬さんが言う。私は気まずさで真っ赤な顔を少しでも冷やしたくて頬に手をあてた。

「とりあえず、中へ入ったらどうだ?」

「いえ、今日は帰ります。また改めてご挨拶に伺わせてください」

 颯馬さんが告げると、父は一瞬侘しげな面持ちになり、そして、

「颯馬くん。……ありがとう。小春のことを、よろしくお願いします」

 颯馬さんに向かって深々と頭を下げた。

 お父さん……。

 その姿に、またしても私は感涙に咽ぶ。上げられた顔が今まで見たこともないくらいに晴れやかで、それがさらに私の涙腺を刺激した。
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