ニセモノ夫婦~契約結婚ですが旦那様から甘く求められています~
「……あ、あの、ありがとうございました……」

 井原さんが完全に見えなくなってから、男性に声を掛けた。

 なぜ見知らぬ私の借金を払ってくれたのか。目的はなんなのか。気になることはたくさんあったが、ひとときでも救われたことに変わりはなかった。

「お金は、今すぐに全額とは言えませんが、必ずお返しさせていただきます。本当に――」

 話している途中で、突然唇が震え出す。歯もガタガタと音を立て始め、止められなくなった。今頃になって、自分の神経がどれだけ張り詰めていたのかを思い知る。すると、ふわりと温かな感触が頭に降ってきた。

 私の身体は小さく跳ねる。

 な、なに……?

 おそるおそる顔を上げた。男性は私に触れていた手を引き、目を細めてこちらを見据える。私は思わず生唾を吞み込んだ。

「返さなくていい」

 男性が素っ気なく口にする。

「えっ……?」

 私は驚異の目を見張った。

 あんな大金を返さなくていいなんてどういうこと?

 疑問がどんどん膨らんでいく。
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