ニセモノ夫婦~契約結婚ですが旦那様から甘く求められています~
『部長。いい加減にしてください』

 ついに私の堪忍袋の緒が切れたのだ。

 その日も嫌がっている山口さんのスカートの裾から彼女の足に触れ、鼻の下を伸ばしていた部長にきっぱりと言い放った。

 困惑した目つきで仕事をしていたオフィス内の視線が、一斉にこちらに注がれたのを覚えている。そして、部長が驚異の目を見張り、すぐに『な、なんなんだね、相原くん!』と狼狽(ろうばい)し始めたことも。

『完全にセクハラです』と言いきった私に、部長は『自分が触られないもんだから、うらやましいんだろ! ったく、最近の若いもんはすぐセクハラセクハラって……』と真っ赤な顔をして食いかかってきたけれど、周りの冷ややかな目を感じたのか、そのまま逃げるように出ていった。

 きっと、あのときのことが相当腹立たしかったのだろう。こんな手まで使ってくるなんてつくづく憎たらしい。どうして今日まで真面目に働いてきた私が、こんな目に遭わないといけないのか。こんなのは不当だ。

 しかし、こんな部長でも一応は上司。更新しないと言われたらそれまでだ。私にはどうしようもない。……お父さんになんて言おう。

 部長室を出た私は、床に敷かれた無駄に豪華な絨毯を踏みしめながら重い息を吐いた。
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