ニセモノ夫婦~契約結婚ですが旦那様から甘く求められています~
「どうしたんですか?」

 思わず問いかける。すると、颯馬さんは、

「なにもしなくていいから、ここにいて」

 とつぶやいた。

 すると、なにごともなかったかのように再び作業をし始める。状況が理解できない私は、唇を噛みしめながら目を何度も瞬かせた。

 なにもしなくていいって、一番難しいような気がするのだけれど……。

 ため息が漏れそうなのをぐっと堪えた。

 ふと、前屈みになっている颯馬さんの背中を眺める。

 大きいな。私とは全然違う。背も、百八十センチくらいはあると思う。颯馬さんが本気になったら私なんて……。

 嫌な想像が脳裏に浮かんだ。温まったはずの身体が、一瞬でひやりと冷える。

 違う。そんな人じゃないって……。

 そう思っていたはずなのに、夜が深くなるにつれ、心の奥底でくすぶっていた不安が膨らみ始めた。

「小春?」

 突然声を掛けられ、驚いて跳ね上がる。

「よく温まらなかったのか? 顔が青い」

 心配してこちらへ伸びる颯馬さんの手に、私は反射的に強く目を瞑って身を縮こまらせた。

 あ、しまった……。そう思ったときには、すでに遅かった。
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