ニセモノ夫婦~契約結婚ですが旦那様から甘く求められています~
「……そうか。気づかなかった。家中捜してもいなくて、慌てて飛び出してきたから」

 ――えっ?

 その言葉に、思いがけず颯馬さんを見上げる。目が合うと、彼は緩やかに口角を上げて微笑んだ。鼓動が徐々に大きくなっていく。

「余計なことをして、すみません……」

 瞬きもせずに、颯馬さんを見つめたままつぶやいた。

「いや、嬉しい。ありがとう」

 颯馬さんは柔らかな声で言う。そして、ソファーの上にあったスーパーの袋を手に取ると、「帰ろうか」と空いた方の手を私に差し出した。

 躊躇するけれど、私は黙ってその手に手を重ねる。颯馬さんは嬉しそうに唇を綻ばせると、包む手にぎゅっと力を込めて歩き出した。

 心臓が妙な打ち方をしている。

 エレベーターホールで、袋を持ちながら器用にカードキーを扱う颯馬さんに一瞬だけ視線を走らせる。下から見ても整っている横顔に、今は憂いの色は感じられなかった。
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