ニセモノ夫婦~契約結婚ですが旦那様から甘く求められています~
「泣いてません。ちょっと疲れたのかもしれません。私、もう部屋に戻りますね」

 立ち上がろうとした私の腕を、彼が掴んだ。振り返ると、颯馬さんは真剣な表情を浮かべていた。

「そんな今にも泣きそうな顔をして、嘘を言うな」

 そう言われ、私は自分が唇を強く噛みしめていたことに気がついた。

「包み隠さず、お前の心を見せてくれ」

「そう、ま……さん」

「小春」

 再び抱きしめられる。心臓が痛いほどに高鳴った。

「俺はお前を離さない」

 頬に添えられた手に導かれるように上を向くと、キスが降ってくる。しかし、それは驚く間もなく離れて、視線が絡み合った。

 私は切ない思いに駆られ、顔をゆがめる。颯馬さんは力なく悲しげに笑っていた。

 また、あの顔……。

「私も、あなたを拒絶したりしません」

 考えるよりも先に言葉にしていた。私がここに来た日、颯馬さんが言ってくれたように。たとえわずかでも、抱えている辛さがあるなら解放してあげたいと思った。
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