ニセモノ夫婦~契約結婚ですが旦那様から甘く求められています~
「ここ……」
車が止まり、連れられてきた場所を見て、私は言葉を詰まらせた。
「ずっと気になってたんだ。好きにしてかまわないのに、遠慮して買い物やお父さんのお見舞い以外どこも出かけていなかっただろ」
シートベルトを取る颯馬さんが、呆けて目を瞬かせている私のベルトも外してくれる。
見覚えしかない古びた建物。格子状の引き戸に貼られている【休業中】の紙。間違いなく、うちの店だ――。
「颯馬さん……」
「降りようか」
私が唖然としたままつぶやいていると、颯馬さんは車を降りて助手席のドアを開ける。手を引かれ、私も地面に足を着いた。
来る前は暖かかったのに、今は本格的な冬の到来を感じさせる風が吹いている。その冷たさに思わず身震いするが、颯馬さんに肩を抱かれ、私は店の玄関の鍵を開けた。
扉を開けると、静まり返っていて薄暗いのに、染みついた出汁の匂いがする。
まだ家を出て一ヶ月も経っていないというのに、懐かしさに胸がぎゅっと締めつけられた。