ニセモノ夫婦～契約結婚ですが旦那様から甘く求められています～
『全部俺のせいにすればいい。だからずっとそばにいてくれ。君は……俺のものだ』

　囁かれた言葉と、こちらに向けられていた貪るような瞳を思い出す。

　まるで獣みたいで、食べられるかと思った。セリフだって、受け取り方によれば勘違いしてしまう。ただ、交渉は成立しているんだから、これからも協力してくれってことだよね。颯馬さんが、私を好きになるわけないもの。

　ひとり納得して、小さく息をついた。ふと視線を移し、カウンター上の壁にたくさん貼られた写真を見据える。

　父と撮ったいくつかの写真。常連さんたちが楽しそうな笑っている写真。その中の一枚に、お父さんと並木さんが肩を組んでいるものもあった。

　ふたりの楽しげな姿に、悲しみに打たれる。

「心配か？」

　颯馬さんがぽつりとつぶやいた。私は「えっ？」と彼の方へ顔を向ける。

「その人が、並木さんなんだろ」

　憂わしげな表情を浮かべた颯馬さんは、「借用書に名前があったから」と困ったように眉尻を下げた。

　あぁ、それで。

　ひとり納得した私は、古い過去の出来事から順番に思い出す。
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