三十路令嬢は年下係長に惑う
水都子が自席に戻ると、鈴佳は難しい顔をしつつ、コンソールを操作していたが、水都子が着席する頃には切りがついたのか、息をついて顔をあげた。

「よっし! できたッ!」

 ガッツポーズをした鈴佳がうれしそうに顔を上げると、隣に座った水都子に言った。

「こっち、対応完了です、水都子さんのおかげで集中できたんで、いつもより早く終わりました、ありがとうございます」

 わずかに瞳をうるませながら喜びを口にする鈴佳に、水都子もうれしくなった。

「いえ、こちらこそ、……でも、本当にささいな用事でビックリしたわ、本格的にリテラシーの断層は何とかしないといけないかもね」

 実際、水都子が行った『対応』というのは、多少コンピューターを使い慣れている人間ならば難なくこなせるレベルのものだった。あんな事の為に、あえてシステム部門の人間が一々対応していたら非効率極まりない。

「すみません、私が甘やかしちゃっていたかもしれません」

 鈴佳がうなだれたように言うと、

「いえ、でも、あの人みたいなおじさんに偉そうに呼ばれたら萎縮しちゃうでしょう、誰かが言わなくちゃいけなかったのよ」

 そうしてみると、現時点でシステム課で最も古株なのが鈴佳であるならば、中途採用組の間藤では聞く耳を持たない人間もいたのかもしれない。

 水都子は、技術的に役には立てそうには無かったが、後ろ盾のあまり無いシステム課のスタッフにとって、社歴が長いだけの偉そうな一部の社員対応については、一定以上の効果があると感じていた。

 親の七光で仕事をするのは嫌だと、若い頃は思っていたが、何であれ、自分が機能しているという実感は、よろこばしくありがたいものだった。

「じゃあ、この調子で進めましょうか」

 今度は社内チャットできている問い合わせに向かうべく、水都子はキーボードへ向かった。

「はい、お願いします!」

 思えば、真昼は水都子を姉として頼りにはしてくれていたが、どことなくおっとりした自分を支えようという気概すら時折見せていた。姉としては、もっと頼って欲しいと思っていたが、真昼のプライドはそれを許さないのだろう。だから、年下の鈴佳に全幅の信頼を寄せられる事は今までに無い経験であり、素直にうれしかった。

 水都子の向いに座っている間藤が、水都子と鈴佳のそんなやり取りをにやにやしながら見守っている様子なのが、少しばかり目障りではあったが、それについては気にしない事にした。
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