三十路令嬢は年下係長に惑う
両手を捕まれ、馬乗りになった間藤を、水都子はふりほどこうとしなかった。

「抵抗しない、って事は、肯定とみなしますよ」

 思いつめたような言葉と、赤面した間藤の顔が、すぐ近くにあった。

「ちょ、……待ってッ」

 そう、言おうとした唇を塞がれた。あまり酒の味がしない、酔った上での事ではないのだろうか、不思議と冷静な水都子は、わずかに足を動かしてみたが、思った以上に間藤がしっかりと体の自由を奪っていた。

「ふ……ッ」

 息苦しさに、唇をゆるめようとした隙をつくように、間藤の舌が侵入してきた。酒の味がしないと思っていた水都子だったが、間藤の舌の熱さに流されそうになる。久しく求められなかった自分が、今、激しく求められる。凍てついた氷が、灼熱の炎にあぶられてとろとろと溶け出していくように、自分の本能が理性を押しのけそうになっていた。

 その時だった。

 洗濯機のチャイムが、仕事の終わりを告げた。

 水都子は軽く間藤の頬に触れ、顎を柔らかく指先でくすぐるようにして、間藤の唇から離れた。

「スーツ、乾燥かけないと」

 先ほど、舌を絡め合っていたとは思えないほどのクールさで、水都子が言うと、間藤が戸惑ったように水都子を見た。あっけにとられている間藤の隙をついて、水都子が軽やかに身を翻して押し倒されたソファーベッドから起き上がった。

「……年下をからかって楽しいですか?」

 お預けをくらった形になった間藤が、あきらめたようにソファーベッドであぐらをかきながら頭をかいた。

「そんなんじゃないですよ、だって、鈴佳さんもいるじゃないですか」

 当の鈴佳はぐっすりと深く眠っているようでピクリともしない。

「……眠らせてもらいます」

 憤慨して、間藤は毛布をかぶってソファーベッドに横になった。

 水都子は、悠然とリビングを後にし、バスルームへ入り、鍵をかけてからへたりこんだ。
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