三十路令嬢は年下係長に惑う
「おはよ」
始業時間の一時間前という事もあって、無人の受付を通り過ぎ、勤怠システム近くで朝一の仕事をしている人事担当の女性に真昼が声をかけた。
「あ、おはようございます」
顔をあげて、真昼が水都子を連れている事に気づいたのか、すみやかに準備してあったと思われる諸々を取り出してその場で渡してくれた。
「遊佐水都子さんですよね?」
既に準備はできているようで、すぐさま水都子は人事担当と共にブースへ移動し、オリエンテーションを受けた。
「……大変だと思いますけど、よろしくお願いします、何かわからない事があったら、いつでも聞いて下さいね」
人懐っこい様子の人事担当は上田実乃梨(うえだみのり)と名乗った。
上田と入れ替わりでやってきたのは、上田と同世代くらいの女性社員だった。制服は着ておらず、どうも化粧もしていないようだ。よれよれの様子は会社に泊まったせいだという。
「汚い格好ですみません、ちょっとトラブルがありまして……、システム課の神保鈴佳(じんぼすずか)です、本当は係長がお話する予定だったんですが、トラブル対応で現場の方に出ちゃってるんですよ」
なるほど、出勤時間前にも関わらず人が多いのは神保が言う所のトラブル対応の為という事らしい。
「トラブルの方は、もういいんですか?」
顔に疲労の後が見える神保を心配するように水都子が言うと、神保は安堵したようにテーブルに顔をつっぷした。
「ええ、日付が変わる頃には何とか、私がよれよれなのは単に会社で寝起きしたせいです」
神保は、あくびを必死で噛み殺すようにして息を吸い込み、
「始発で戻って着替えてこようと思ってんですけど、寝過ごしちゃったんですよ」
ねぎらってもらったのがうれしいのか、神保は屈託なく素直に話をしてくれていた。
経営者の縁者が部署に加わるという事に対しては、ネガティブな感情を持っていない様子は、水都子を安心させた。
「そんな、ほとんど徹夜みたいなのに、帰れないの?」
神保が比較的くだけた様子で話しかけてくれたので、水都子の方も思わずくだけた口調で言う。
「ああ、常勤チームが来たら交代の予定なんです、だから、私が説明するより、常勤シフトの皆が来てからちゃんとお話しますね、係長ももうじきこっちに戻ってくるはずなんで」
なんて優しい人なんだろう、と、神保は水都子の背景にさす後光に祈るように手を合わせた。
「えーっとそうだ、何とお呼びすればいいですかね、実は、社長の事は真昼さん、副社長の事は慎夜さんとお呼びしてるんですが……」
社内にいる遊佐が、水都子が加わる事で四人になっている。前社長の父は、常勤では無いが、それでも、ちょっと人数は多すぎる。確かに下の名前で呼ぶ方が都合がよさそうだと水都子も思った。
「じゃあ、水都子で」
「水都子サン! 了解です」
そう言って、神保は敬礼のポーズをとり、しまった、という顔をして言い直した。
「あ、つい了解です、って言っちゃいましたけど、目上の方には承知しました、でしたよね? 申し訳ありません」
「ああ、いいよ、そんな、なんとなく了解、の方が語感もいいし、私は嫌いじゃないから」
そう水都子が微笑んで言うと、
「らじゃです」
と、少しおどけたように神保は答えた。
慣れないシステム部門という事で、不安があったが、神保のとっつきやすそうな人柄は水都子を安心させてくれた。
引き続きブースで話をしていると、就業時間が近づいてきたのか、周囲がざわつきはじめた。
始業時間の一時間前という事もあって、無人の受付を通り過ぎ、勤怠システム近くで朝一の仕事をしている人事担当の女性に真昼が声をかけた。
「あ、おはようございます」
顔をあげて、真昼が水都子を連れている事に気づいたのか、すみやかに準備してあったと思われる諸々を取り出してその場で渡してくれた。
「遊佐水都子さんですよね?」
既に準備はできているようで、すぐさま水都子は人事担当と共にブースへ移動し、オリエンテーションを受けた。
「……大変だと思いますけど、よろしくお願いします、何かわからない事があったら、いつでも聞いて下さいね」
人懐っこい様子の人事担当は上田実乃梨(うえだみのり)と名乗った。
上田と入れ替わりでやってきたのは、上田と同世代くらいの女性社員だった。制服は着ておらず、どうも化粧もしていないようだ。よれよれの様子は会社に泊まったせいだという。
「汚い格好ですみません、ちょっとトラブルがありまして……、システム課の神保鈴佳(じんぼすずか)です、本当は係長がお話する予定だったんですが、トラブル対応で現場の方に出ちゃってるんですよ」
なるほど、出勤時間前にも関わらず人が多いのは神保が言う所のトラブル対応の為という事らしい。
「トラブルの方は、もういいんですか?」
顔に疲労の後が見える神保を心配するように水都子が言うと、神保は安堵したようにテーブルに顔をつっぷした。
「ええ、日付が変わる頃には何とか、私がよれよれなのは単に会社で寝起きしたせいです」
神保は、あくびを必死で噛み殺すようにして息を吸い込み、
「始発で戻って着替えてこようと思ってんですけど、寝過ごしちゃったんですよ」
ねぎらってもらったのがうれしいのか、神保は屈託なく素直に話をしてくれていた。
経営者の縁者が部署に加わるという事に対しては、ネガティブな感情を持っていない様子は、水都子を安心させた。
「そんな、ほとんど徹夜みたいなのに、帰れないの?」
神保が比較的くだけた様子で話しかけてくれたので、水都子の方も思わずくだけた口調で言う。
「ああ、常勤チームが来たら交代の予定なんです、だから、私が説明するより、常勤シフトの皆が来てからちゃんとお話しますね、係長ももうじきこっちに戻ってくるはずなんで」
なんて優しい人なんだろう、と、神保は水都子の背景にさす後光に祈るように手を合わせた。
「えーっとそうだ、何とお呼びすればいいですかね、実は、社長の事は真昼さん、副社長の事は慎夜さんとお呼びしてるんですが……」
社内にいる遊佐が、水都子が加わる事で四人になっている。前社長の父は、常勤では無いが、それでも、ちょっと人数は多すぎる。確かに下の名前で呼ぶ方が都合がよさそうだと水都子も思った。
「じゃあ、水都子で」
「水都子サン! 了解です」
そう言って、神保は敬礼のポーズをとり、しまった、という顔をして言い直した。
「あ、つい了解です、って言っちゃいましたけど、目上の方には承知しました、でしたよね? 申し訳ありません」
「ああ、いいよ、そんな、なんとなく了解、の方が語感もいいし、私は嫌いじゃないから」
そう水都子が微笑んで言うと、
「らじゃです」
と、少しおどけたように神保は答えた。
慣れないシステム部門という事で、不安があったが、神保のとっつきやすそうな人柄は水都子を安心させてくれた。
引き続きブースで話をしていると、就業時間が近づいてきたのか、周囲がざわつきはじめた。