三十路令嬢は年下係長に惑う
健康で文化的な最低限の生活
終業後、既に病院を後にしたという間藤の元へ水都子と鈴佳は向かっていた。白井の方がいいのでは? と、水都子は言ったが、弱ってる時は男より女性の顔を見た方が癒やされます、という言葉に、

「それってセクハラなのでは……」

 と、つぶやくと、

「いえ、これは単に願望といいますか、どうしても嫌でしたら俺が行きますけど」

「そう言われるとなんだか角が立つじゃないですか……」

 水都子は事故の原因が自分にある可能性も考えて同意した。

 実際、間藤が心配ではあったし、自分が行きたいという気持ちもあり、強く否定はしなかった。

 鈴佳の後に着いて、移動している水都子に、鈴佳が言った。

「白井さんは策士ですから」

「策士って?」

「直接命令せずに、外堀を固めて退路をたった上で意図した方向へ事を持っていく、って事です、だいたい、最初皆係長は白井さんがなるもんだとばっかり思ってましたから」

 鈴佳の言うとおり、年齢でいえば一番の年長は白井なのだ。しかし実際係長になっているのは間藤で、あくまでも部下としての距離を崩さない。鈴佳の上司づらしてしまった自分とはえらい違いだ、と、水都子は苦笑した。

「白井さん曰く、上に立つのは苦手だそうで、実際現場にいた時もそんな感じだったんですよね」

 白井のいるエリアは営業成績がよく、上司も出世する。しかし、白井に見限られ、白井が異動すると営業成績がガタ落ちするという。人事は、バランスが悪くなるので是正したいと言い、白井の方はバックオフィスもおもしろそうだという事で、人事のスカウトに応じたらしい。

「俺、技術で係長に勝てる気しないから」

 というのが、白井の弁なのだが、単に上に立つのが嫌なだけなのかもしれない。

「マネジメントと実務のスキルは必ず一致させる必要は無いと思うけどなあ」

 鈴佳が言った。

 水都子は、それを言われると心情的には少しばかり複雑ではあった。水都子は、概要を聞いて優先順位をつける事はできても、実際それの対応にどの程度の時間が必要かの見積もりまでは出せない。それは鈴佳に確認している。

 鈴佳は若い、水都子と共に仕事をしている中でそうした優先順位付けやとりまわしも身につけていくだろうが、自分の伸びしろとして鈴佳と同程度の事ができるような気持ちは無かった。

 そのせいか、敢えて上に立とうとしない白井の気持ちがすこしだけわかるような気がした。
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