三十路令嬢は年下係長に惑う
「拒否はしてないんじゃないの? 悪い気はしてない、とか」

「いくらなんでも申し込まれてもいないうちに先回りして断るほど俺は自意識過剰じゃありません、……まあ、神保が遠回しにいびられている原因が俺にあるのかと思ったこともありますが、あいつ、俺の方にはこないんで」

「もしかしたら、外堀を埋めてから、と、思っていたのかな、結局、一番割を食ったのは鈴佳さんなわけね……」

「あいつも、そのうちオープンにせざるを得ないと思いますよ、入籍するみたいですから、同棲しているやつと」

「ああ……そう、そうなんだ」

「もしそうなったら、次の標的はあなたになるのかな」

「どういう意味?」

「俺が好きなのは遊佐さんだから」

 そう言って、間藤は握った手に力をこめた。

「あなた、わかってるんですか? 俺、もう言いましたよね、俺の気持ち、その上でこういう真似をするって、実質受け入れているのと同じなんですよ」

 間藤の顔が近づいてくる。

「今日は、神保はいませんから、誰か居るって言い訳はできませんよ?」

「待って、私は……」

 近づいてくる間藤の唇を、水都子は手で受け止めた。

「ふがっ」

 唇を阻まれた間藤が間抜けな声を出すと、耐えられないといった様子で水都子は笑い始めた。

 水都子が笑うので、毒気を抜かれた間藤も笑った。

「俺、けっこう真面目にくどいてるつもりなんだけどなあ……」

「ありがとう、すごく、うれしい」

 そう言ってやわらかく笑う水都子の顔が愛おしくて、間藤は本能的に抱きしめたくなるのだが、いかんせん利き手が使えない。

 けれど、水都子が自分を見て笑っていてくれているのならまあいいか、と、動きそうになった右手を、間藤はひっこめた。

「ちょっと、自分の話をしてもいいかな」

 間藤は沈黙で答えた。

「真昼も慎夜も優秀で、私は普通、父と母は私達三人姉弟を平等にしようと努力はしていたけど、そういうのってわかるじゃない?」

「あなただって優秀だと思うけどね」

 間藤は肯定したが、水都子はそうではないようだった。

「でも、真昼たちには及ばない、年下に抜かれるのって、けっこうくるものがあるのよね、それで、多少天狗になって生意気を言ってくれたら、多少は私の溜飲も下がったんでしょうけど、あの子達はそうじゃなかった、おもしろいのは、真昼は慎夜には対抗意識をすごくもつのに、私に対してはそういうものが無いの、相手にならないって思われてるんじゃないかな」
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