わたしとねずみとくるみ割り人形
なぜ黙っているのだ。君は言葉が理解できないのか。病がちとは聞いていたが見たところ平気そうではないか。何が問題なんだ。僕か。僕が君より倍以上年上で夫となるには無理があるから君は困ったような顔で貝のように口を閉じてしまうんだな。そうではないのなら何か言い返せばよいだろう? 僕は君の父上に頭があがらないのだから、君の言うことだって素直に聞いてやる。まぁ、文句でも言うようならこてんぱんに言い負かしてやるけどな。なぜ泣きそうな顔をする! 心外だな。いつかそう遠くはない日に君は僕の妻となるのだぞ。それまでにその身体をすこしは治すんだ。そのための金なら惜しまぬ。金なら困ってないからな。なんて男爵家のお姫様に自慢しても虚しいものがあるか。
……なんだ、話せるではないか。え、いつもそんな風に怒った顔してるのかって? 僕が怒っているように見えたのか。これはだな、まぁ商売してるときの癖だ。いくら目の前に自分の妻になるであろう女人がいようがすぐに態度を変えることなどできるわけがないだろ。何、ちょろちょろ動き回るねずみみたいだと? 別に構わないだろ。僕はそうやって生きている。ねずみは嫌いかね? そうか、それはよかった。ならば僕のことをねずみと呼べ。いいのだ。まだまだ僕は働くしか能のないねずみでしかないからな。
だが、早く成長して丈夫になった暁には、僕の名を呼ばせるから覚悟しとけ。
病弱だからと気弱になるな。妻になったら手伝ってもらうことがたくさんあるんだから。商売柄、外国にともに行ってもらうこともあるだろう。君は行きたいところでもあるのか? ……雪が見たいだと? 君は一度も雪を見たことがないのか。ならそのうち見せてやる。
それ以外にもすべきことがあるか、だと? ないわけではないが……
後継ぎ? なにを今からそんなことを考えている! 君、まだ十五だろ。子を産めぬ身体だったら? だったら仕方ない。養子を迎えてもいいし、別の女に産ませてもいい。いまから君が心配することではないだろうに。
ま、僕とすれば、君のような愛らしい女人の世継ぎを腕に抱きたいものだがな。