今でもおまえが怖いんだ
社長に退職の旨を伝えた後に人事の利久さんと面談になった。
仕事の場だから2人きりになっても背筋を伸ばして視線を外したまま、辞めますと静かに言った。

残念です、と利久さんは事務的に言った。
事前にプライベートでは散々ラーメン屋のカウンターで話してきたことだった。
明日辞めること社長に言うねって前日相談した時には「ついにか」って溜息をつかれていた。

「もっとぼくが働きやすくサポートできたら良かったのに。力不足でしたね。至らないところが多くあって傷付けてしまったよね。ごめんね」

前日には言ってくれなかったことを彼は言って、深く頭を下げた。

そんなやめてくださいと言いながら、私の方こそごめんなさいと頭を下げていた。

お仕事を教えてもらったのにごめんなさい、名札を作ってもらったのにごめんなさい、作業用の机を用意してもらったのにごめんなさい、何の貢献もしなかったのに辞めるだなんてごめんなさい、お手を煩わせてしまいごめんなさい……。

次々と浮かんでくる謝罪すべてに利久さんは返事をしてくれていた。
そんなことないよ、大丈夫だよ、俺の方こそごめんね、もう大丈夫だからねって。優しい言葉をたくさん並べてくれた。

そうして、私は彼に会社の裏口の鍵を返した。
赤色のプレートに「裏門」と書かれている社員全員に配られている合い鍵。
それをテーブルの上に置いた時、全部が終わるんだと思った。彼がそれを受け取った時、少しだけ泣きそうになった。

「残念です」と、利久さんはもう1度同じことを言っていた。
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