今でもおまえが怖いんだ
「ぼくみたいな男がいないところで働いていた方が良い。辞めてからもこんな嫌な顔をされてまで一緒に夕飯を食べたがるような男」
気持ち悪いでしょ、と言ってから彼は口角を大袈裟に釣り上げて笑った。

そんなことないよと言う私の返事を彼はいつも待ってくれない。
こうだろうと断定するといきなり人の言うことを聞かなくなる。
仕事中にそんなことは一切なかったのだけれど、プライベートではいつだってそうだ。
本質的にそういう人間なのだろう。
悪いことだと分かっているから仕事では隠しているのだろうけれど。

仕事と私生活の棲み分けができないなんてどうかしてるよなんて以前チクリと言われたこともあったっけ。
それでも私はこの一面だけはどうしても最後まで受け入れることができなかった。

彼との交際を終わらせたのも、私の方だった。

「ぼくは、君のことが心配だったんだよ。余計なお世話だったかもしれないけれど、本当に、今でもずっと」

コンシーラ―テープを貼っていない手首がむき出しになるのはとても居た堪れない。いくら利久さんが相手とはいえ、それだけは嫌だった。
利久さんだから嫌なのではなくて、この行為自体が嫌で、それは誰からやられたって耐えられるものじゃないのだと、そう言い訳を必死にしてしまいたかった。

「ぼくがいなくなったら、また切ってしまいます?」

睨み続けながらそう言ってから、彼はようやく私から手を離した。
なーんて、とでもいうかのように両手をあげておどけたポーズをとる。
その時だけ、仕事の時の彼だった。

「切る程のことじゃないよ」と言ってしまいたかった。
いつまでも彼が優位でい続けることが嫌だった。
< 24 / 78 >

この作品をシェア

pagetop