今でもおまえが怖いんだ
「でも大丈夫だよね、ぼくがいなくなったって。代わりなんていくらでもいるんだろう。その大勢の中の１人になるなんて、ぼくは死んでもごめんだね」

声はいつも通り優しいままで、彼はどこまでも落ち着きはらっている。
会話においてマウントをとっているのだから興奮する必要がないのだろう。
淡々と続けられる彼の言葉を私はただ俯いて聞いていた。
強く握った鍵のせいで右手が痛んだ。

運ばれてきたラーメンは２人とも無言で食べた。
彼が私に対して怒っていることは分かった。
けれど、私だって彼に対して申し訳ないなんて気持ちはそんなに持っていなくて、これで終わるんだという悲しみと同じくらい、安堵があった。

お店から出てから、彼は私をアパートまで送ってくれなかった。

「じゃ、ここで」と手を振られ、駐車場で私たちは別れた。
私が深く一礼をすると、「そういうの良いから」と拒絶した後で「そうだ」と思いついたように彼が言った。

「おまえ今、どれだけ連れ込んでるの？」

顔を上げると、目が合った。

先程みたいに睨むような目ではなかった。
彼は職場でも見せなかったくらい優しい笑顔を浮かべて、私のことを見下ろしていた。
彼が私に優しかったのも厳しかったのも、私が可哀想だったからだ。
この瞬間になるまで彼からの軽蔑に気が付けなかったことを私は酷く恥じた。

いないよ、そんなの。
そう言い返そうとして、やっぱりやめた。
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