今でもおまえが怖いんだ
――えー、東京行ってたんだ。じゃあこっちも退屈でしょ。
「そんなことありませんよー。東京でも西東京でしたもん。愛知でいうところの蒲郡くらいかなあ」

――可愛いねえ。今までに何人彼氏がいたの?
「そんなそんな恐縮です。見ての通り地味ですので、そういったことには一切ご縁がありません」

――ふざけるな、俺がどれだけおまえのために金払って来たか分かっているのか。
「申し訳ございません、申し訳ございません、申し訳ございません」

こう言われたらこう返すって、そういうのは全部母に習った。
ありがとうございます、申し訳ございません、恐縮です、かしこまりました、そんなそんな……。
ただそれだけの言葉を間違えずに返していれば続くやりとりなんて当たり前だけれど一方通行なものばかりで、だけれどそれに満足してしまう人が大半なのだから私には何も求められはしない。

この話し相手が私である必要はないことも、相手が見ているのは私の1番外側の部分だけであり人格的なことに関しては一切の興味を持たれていないこと。
そもそも私に意思だとか思想があってはならないこと。

とうの昔に気が付いていた。
母に教わるよりもずっと前から、自分がどういう人間かなんて分かっていたから。
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