きみに花束を贈る日
小声で「失礼します」と言い、綺麗な教室の中へと足を踏み入れた。

「誰もいないんだから気にしなくていいのに」と先輩は楽しそうに笑っている。

「ライラックってさ、この時期が見頃なんだよ。
香水とかアロマにも使われるくらい香りもいいし」

ライラックに顔を近づけると、優しく甘い香りが花を掠めた。

「わぁ、いい香り」

先輩は「でしょ」と嬉しそうに笑った。

「先生の趣味なんですか?」

「うーん、半分正解かな」

半分正解ってどういうことだろう。
ライラックから先輩へと視線を移すと、目があった。

「このライラック、俺の母親の実家から持ってきた花なんだ。」

先輩はライラックの花びらを優しく撫でた。
その動作が美しくて、思わず目で追ってしまう。

「花屋なんだ。たまたま先生が客として来てさ。」

なるほどな、と納得してしまった。
ライラックの豆知識を知っていたのはそういう事だったんだ。

「どうしてライラックを選んだんですか?」

「お、良い質問」

先輩は目を輝かせて話し始める。

「ライラックの花言葉がさ、思い出って意味なんだよ。
卒業までたくさん思い出作れたらいいなって感じで」

先輩は教卓に寄りかかり、誰もいない静かな教室を眺めた。

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